Halloween in Japan 日本のハロウィン Essay

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ご存知のように、十月三十一日はハロウィンである。既に店にはハロウィン関連
グッズがあふれ、ハロウィンムード一色といったところか。特に顕著なのは、
ハロウィン風のパッケージに包まれたお菓子類だ。十年前と比較すると、かなり
種類が増えたのは確かである。商用価値という観点からすると、今やハロウィンは
クリスマス、バレンタインデーに次いで、西洋文化部門で不動の単独三位の地位を
固めたと言えるだろう。ハロウィンが日本社会に浸透したことは間違いないが、
それは果たして喜ぶべきことなのだろうか。

ごぞんじのように、じゅうがつさんじゅういちにちははろうぃんである。すでに
みせにははろうぃんかんれんぐっずがあふれ、はろうぃんむーどいっしょくと
いったところか。とくにけんちょなのは、はろうぃんふうのぱっけーじにつつまれた
おかしるいだ。じゅうねんまえとひかくすると、かなりしゅるいがふえたのはたしか
である。しょうようかちというかんてんからすると、いまやはろうぃんはくりすます、
ばれんたいんでーについで、せいようぶんかぶもんでふどうのたんどくさんいのちいを
かためたといえるだろう。はろうぃんがにほんしゃかいにしんとうしたことはまちがい
ないが、それははたしてよろこぶべきことなのだろうか。

As you know, October 31 is the day of Halloween. Various kinds of Halloween
related products have occupied storefronts and people seem to be getting ready
and excited for the event. Cookies, marshmallows and chocolates wrapped in colorful
packages are particularly striking examples. In terms of commercial value, it is
safe to say that Halloween has secured its third place following Christmas and
Valentine’s Day in the Western culture division. It is true that Halloween is
getting more and more common in Japan, but is it really what we should be happy about?

英会話スクールに勤務していた頃は、毎年当たり前のようにハロウィンのイベントが
行われ、それを企画運営することも当然のことだった。英会話を生業とする以上、
英語圏の文化の一端を占めるハロウィンに特化した行事を行うことは、言うなれば
義務だったわけである。ハロウィンの概要を盛り込んだクイズなどを作成する際も、
とにかく楽しみながら知識を得てもらえるよう配慮した。しかしながら、楽しい
イベントの最中ですら、自分の中には釈然としないものがあったのは事実である。
もちろんその釈然としない気持ちを態度に表し、イベントを盛り下げるという愚行
には及ばなかったわけだが。

えいかいわすくーるにきんむしていたころは、まいとしあたりまえのようにはろうぃん
のいべんとがおこなわれ、それをきかくうんえいすることもとうぜんのことだった。
えいかいわをなりわいとするいじょう、えいごけんのぶんかのいったんをしめるはろ
うぃんにとっかしたぎょうじをおこなうことは、いうなればぎむだったわけである。
はろうぃんのがいようをもりこんだくいずなどをさくせいするさいも、とにかく
たのしみながらちしきをえてもらえるようはいりょした。しかしながら、たのしい
いべんとのさいちゅうですら、じぶんのなかにはしゃくぜんとしないものがあった
のはじじつである。もちろんそのしゃくぜんとしないきもちをたいどにあらわし、
いべんとをもりさげるというぐこうにはおよばなかったわけだが。

When I was working for English conversation school, I had no choice but to
arrange, hold and join Halloween events, which happened to me every single year.
As long as I made my living by teaching English, it was my obligation to specialize
in Halloween, which is part of the culture of the English-speaking countries.
Making questions about the outline of Halloween, I prioritized giving the students
lots of fun and knowledge. It is true, however, I felt like I was missing something
important even when playing some games and having fun with my students. Of course
I was not the kind to turn them off in the events by venting my ambiguous feeling.

ハロウィンの歴史、文化的背景を説明しても、まず子供達の頭にそれらが残ることは
ない。彼ら彼女らにとって大事なのは、楽しくゲームをして、お土産にお菓子や
プレゼントを持ち帰ることだ。もちろん子供達には何の罪もない。子供とはそういうもの、
それでいいのだ。では何が釈然としないのか。それはハロウィンで盛り上がる街並みから
透けて見える、日本社会の主体性のなさである。そのことは商用価値西洋文化部門の
第一位、クリスマスを見れば火を見るより明らかである。

はろうぃんのれきし、ぶんかてきはいけいをせつめいしても、まずこどもたちの
あたまにそれらがのこることはない。かれらかのじょらにとってだいじなのは、
たのしくげーむをして、おみやげにおかしやぷれぜんとをもちかえることだ。
もちろんこどもたちにはなんのつみもない。こどもとはそういうもの、それでいいのだ。
ではなにがしゃくぜんとしないのか。それははろうぃんでもりあがるまちなみからすけて
みえる、にほんしゃかいのしゅたいせいのなさである。そのことはしょうようかち
せいようぶんかぶもんのだいいちぐらい、くりすますをみればひをみるよりあきらか
である。






The history and cultural background of Halloween wouldn’t stick in children’s
head after the events. Playing games, having fun and taking some candy and presents
home are their top priority and it is totally all right. Such are children and they
should never ever be blamed. Then, where does the ambiguity in my mind come from?
The answer should be the lack of independence Japanese society has overlapping the
streets alive and kicking in the mood for Halloween. It is Christmas, which has
the No.1 commercial value among the imports from the West, that speaks volumes more
than anything else about Japan’s chronic dependence on Western culture.

さきに商用価値という言葉を使ったが、日本におけるクリスマスは、まさに
そのために存在していると言える。端的に言えばキリスト教徒のための祭事
であるクリスマスを、キリスト教と無縁の日本人が祝う理由はない。そのことを
知る日本人は決して多数派ではなさそうだ。そもそもクリスマスは12月25日なの
だが、日本人がクリスマスで盛り上がるのは前日の24日。その日にケーキやチキン
などのご馳走を食べ、若いカップルは予約の取りにくいレストランで食事をすることを
一種のステータスとし、日本のクリスマスは本来イブである日に終わるのである。多く
の人々にとっては出費が義務化されており、商売をする側からすればまさにおいしい。
クリスマスに関しては書くべきことが他にもあるが、それはまた別の機会にしよう。

さきにしょうようかちということばをつかったが、にほんにおけるくりすますは、
まさにそのためにそんざいしているといえる。たんてきにいえばきりすときょうと
のためのさいじであるくりすますを、きりすときょうとむえんのにほんじんが
いわうりゆうはない。そのことをしるにほんじんはけっしてたすうはではなさそうだ。
そもそもくりすますは12がつ25にちなのだが、にほんじんがくりすますでもり
あがるのはぜんじつの24にち。そのひにけーきやちきんなどのごちそうをたべ、
わかいかっぷるはよやくのとりにくいれすとらんでしょくじをすることをいっしゅ
のすてーたすとし、にほんのくりすますはほんらいいぶであるひにおわるのである。
おおくのひとびとにとってはしゅっぴがぎむかされており、しょうばいをするがわ
からすればまさにおいしい。くりすますにかんしてはかくべきことがほかにもあるが、
それはまたべつのきかいにしよう。

Talking of commercial value, that is the reason why Christmas exists in Japan.
Non-Christian Japanese have no reason to celebrate Christmas, which is the festival
to commemorate the birth of Jesus Christ. I’m afraid Japanese people who know that
are not in the majority. Christmas is on December 25 of course, but Japanese people
come alive for Christmas on December 24. They enjoy some nice food such as roast
chicken and decorated cake and young couples are obsessed by the idea that they have
to dine at a hard-to-get restaurant. Christmas in Japan is over on December 24, which
is what we definitely call Christmas Eve. Lots of people feel obligated to spree and
spend plenty of money and that is what most businesses are looking forward to. I have
a lot more to write about Christmas, but let me save it for another time.

オムライス.jpg
(オムライス)

西洋文化の一面のみにスポットを当て、それを表面的なイベントとして商業的に
利用する。これは日本人の上手さでもある。西洋の物を取り入れ、手を加え、そこから
独自の商品を開発する。例えばオムライスやスパゲティ・ナポリタンは、その西洋風の
名や体にもかかわらず、日本で作り出されたものであることはよく知られている。そう
した特質を日本人が持ち得ていたからこそ、加工貿易で世界の経済大国となり得たとも
言える。近年でこそ日本文化が海外に流出し、それがビジネスとして成り立つまでに
至った。しかし日本ほどその発展の早期段階から、外国の文化を商業的に上手く利用し、
経済的発展の一端とした国はまずないのではなかろうか。この点に関しては、今日の
ハロウィンに関しても決して例外ではあるまい。

ナポリタン.jpg
(スパゲティ・ナポリタン)

せいようぶんかのいちめんのみにすぽっとをあて、それをひょうめんてきないべんと
としてしょうぎょうてきにりようする。これはにほんじんのうまさでもある。せいよう
のものをとりいれ、てをくわえ、そこからどくじのしょうひんをかいはつする。たとえば
おむらいすやすぱげてぃ・なぽりたんは、そのせいようふうのなやたいにもかかわらず、
にほんでつくりだされたものであることはよくしられている。そうしたとくしつをにほん
じんがもちえていたからこそ、かこうぼうえきでせかいのけいざいたいこくとなりえた
ともいえる。きんねんでこそにほんぶんかがかいがいにりゅうしゅつし、それがびじねす
としてなりたつまでにいたった。しかしにほんほどそのはってんのそうきだんかいから、
がいこくのぶんかをしょうぎょうてきにうまくりようし、けいざいてきはってんのいったん
としたくにはまずないのではなかろうか。このてんにかんしては、こんにちのはろうぃん
にかんしてもけっしてれいがいではあるまい。






Spotlighting an aspect of Western cultures and superficially utilizing it as
a commercial event are what Japanese people are really good at. They import
Western stuff, process it and create their own unique products. For instance,
it is widely known that omurice and spaghetti Napolitana were invented in Japan
despite their Western names and appearances. It is safe to say that the flexible
nature of Japanese people enabled their country to become one of the major world
powers through processing trade. Just recently Japanese culture started to be
exported to a great degree across the globe and some businesses outside Japan have
been thriving dealing with products related to Japan. Are you able to find any other
country which successfully made use of foreign cultures and got them to contribute to
its economic development from its very early stage than Japan? In that respect, there
is no doubt that Halloween business flourishing in Japan right now is no exception.

柔軟に西洋文化を、実際にはその一部を受け入れ、上手く利用し経済的利益を得る
ことは、日本人の美徳とみなすことができる。しかし表面的に捉えるのみで、本質を
理解しないという傾向は、決して褒められるべきものではない。グローバル化という
言葉が頻繁に耳目に触れるようになって久しいが、国際化とは西洋文化の表面のみを
さらい、恩恵と快楽を得ることでは決してないはずだ。その点が理解されず、虚しく
空回りを続けているように感じさせる日本社会にこそ、私が感じた釈然としない気持ち
は起因するのだろう。真のグローバル化は真の相互理解に基づくものである。相手を理解
するためには、その背景にある文化の本質を知ることが必須であり、相手に理解して
もらうためにはまず自分が活きる社会と、その文化を根本から理解する必要がある。
日本におけるハロウィンの存在がその一助となり得るのか?それは今後の教育の
充実度に依存すると言える、そう結論づけて締め括りとさせて頂く。(完)

じゅうなんにせいようぶんかを、じっさいにはそのいちぶをうけいれ、うまくりようし
けいざいてきりえきをえることは、にほんじんのびとくとみなすことができる。しかし
ひょうめんてきにとらえるのみで、ほんしつをりかいしないというけいこうは、けっして
ほめられるべきものではない。ぐろーばるかということばがひんぱんにじもくにふれる
ようになってひさしいが、こくさいかとはせいようぶんかのひょうめんのみをさらい、
おんけいとかいらくをえることではけっしてないはずだ。そのてんがりかいされず、
むなしくからまわりをつづけているようにかんじさせるにほんしゃかいにこそ、わたしが
かんじたしゃくぜんとしないきもちはきいんするのだろう。しんのぐろーばるかはしんの
そうごりかいにもとづくものである。あいてをりかいするためには、そのはいけいに
あるぶんかのほんしつをしることがひっすであり、あいてにりかいしてもらうためには
まずじぶんがいきるしゃかいと、そのぶんかをこんぽんからりかいするひつようがある。
にほんにおけるはろうぃんのそんざいがそのいちじょとなりえるのか?それはこんごの
きょういくのじゅうじつどにいぞんするといえる、そうけつろんづけてしめくくりと
させていただく。(かん)

Accepting Western cultures, actually dealing with the surface of them and
gaining profits is one of Japanese people’s virtues. However, their tendency
to shallowly understand things and stay away from true nature is far from admirable.
It has been years since we started to frequently hear and see the word “globalization”,
but it doesn’t mean obtaining profits and fun by going with the façade of Western
cultures at all. My feeling should be attributed to Japanese society, which keep
spinning its wheels with people who don’t seem to comprehend what’s what. True
globalization is based on true mutual understanding. In order to get close to other
people, it is essential to reach the nature of their cultural background. If you wish
to make yourself understood, grasping the root of your society and its culture would be
an indispensable prerequisite. Is the existence of Halloween helpful to achieve the
goal? Let me conclude that it totally depends on how fruitful Japanese education will
be from now on.
(End)

皆様の温かいサポートに心より感謝いたします!
¡Muchas gracias por su apoyo sincero!
I truly appreciate your sincere support!
Xin trân thành cám ơn!
정말 고마워요!
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